つい最近まで、女性がひとりで家をもつって
ごく少数派で、ちょっと変わってると思われていた。
マイホームをもつことは、家族の幸せと考えられていた。
いったい誰がそんなことを決めたんだろう。
女性が家をもつって、あんがいあたりまえじゃない?
そんな声が聞こえてきそうなほど、
今、ごくフツーの女子たちが、じぶんの家を買う時代になっています。
家というホームグラウンドを手に入れ、
これまで以上にパワフルに、イキイキと輝いてる「モチイエ女子」。
そんな新しい女性たちが増えれば、この国はもっともっと元気になるから。
なによりそんな未来が、素敵でおもしろそうに思うから。
私たちはこの「モチイエ女子project」を通し、
その生き方、あり!と宣言します。
モチイエ女子webにて、エッセイなど多数寄稿いただきました 雨宮まみさんがご逝去されました。心からお悔やみを申し上げます。 感謝と哀悼の意を込めまして、これまでの雨宮さんの作品、およびご出演いただいたコンテンツは、このまま掲載させていただきます。 どうか、ご愛読いただけますと幸いです。
“なんとなく買ったもの”に囲まれた毎日を抜け出して、
愛着溢れる“理想のお部屋”で生きていきたい。
そんな女性に送る、雨宮まみの情けなくも前向きな
“暮らし”エッセイ。
「引っ越そうかな」。そう思ったのは、コンビニから帰る途中だった。
完全に「出来心」というやつである。
その頃、私はフリーになりたての頃に引っ越した安くてぼろいアパートに十年以上住んでいた。ぼろすぎて人を呼べないということ以外に、大した不満はなかった。なのに、ふと「もっといい部屋に住んでもいいのかもしれない」という欲が出てきたのである。コンビニの帰りに。
ちょっと疲れていて、変化が欲しい時期だったのかもしれない。
私は、リプトンの紙パックのレモンティーと、チョコレートの入ったコンビニ袋を下げたまま、近所の不動産屋に行き、そのまま近所の物件をいくつか内見し、最後に見た部屋がいちばん条件が良かったので、その日のうちに契約を決めた。
なんというか、昔の映画でたまに見かける「その日に出会った二人が勢いにまかせてラスベガスまでドライブして入籍」みたいなやつである。
勢いにまかせたことは、なかなかうまくいかないものである。
私のその引っ越しも、うまくはいかなかった。引っ越した家では一ヶ月以内に水回りのトラブルや近隣のトラブルがどんどん起こり、私は引っ越しにかかった費用や手間を思い出しては「我慢しないと損だ」と思って数ヶ月耐えたが、自宅にいても落ち着けない暮らしにストレスが溜まり、だんだん「もう、いくら損しても引っ越したほうがいいんじゃないか」と思い始めた。
前よりもいい部屋に住んで、快適になれると思って引っ越した。確かに前より広くてきれいな部屋だけど、これなら前のほうがましじゃないか、と考えたとき、心は決まった。
今度はコンビニ帰りなんかじゃなく、本気で家を探し始めた。いくつも内見し、条件が良くてもピンと来ない部屋は却下した。条件で決めてはいけない、家賃だけを見てはいけない。手痛い失敗で心に刻んだことを思い出しながら、しっかり部屋を見た。
そして、ようやく「ピンと来る部屋」を見つけた。
「なんとなく条件のいい相手と勢いで」ではなく、心から「この人だ!」と思える相手に出会えたような、そういう感じだった。
祈るような気持ちで家賃の値下げ交渉をしてもらい、「値下げ交渉成立しました!」という電話をもらったのが、クリスマスイブだった。
ひとりだったが、あんなに嬉しかったクリスマスイブはない。
引っ越しの失敗と成功を経て、私は「ちゃんと安心して住める、落ち着ける自分の家」を持つことがどれほど大事なことなのか実感したし、特に在宅勤務である自分にとって「家に不安要素がある」ということがどれほど大きなストレスになるのかも、よくわかった。
築年数や床面積や、そういうことよりも「部屋の印象」とか、「実際に入ってみて感じた居心地」がとても大事だということもわかった。
「好きなタイプ」を訊かれると即答できないのに、実際に好きなタイプに出会うと即座にわかる、あの感じに似ている。惚れ込んだ部屋なら、多少条件に合わなくても平気だったりするところも、なんとなく恋愛に似たところがある。
そうして私は、ようやく見つけた「理想の部屋」への引っ越しを決めた。
今度こそ、素敵なインテリアにして、友達を招いたりもできる部屋にしよう、と思った。妥協しない部屋を見つけられたのだから、インテリアも妥協しない! と思った。
そして引っ越し準備を始めると、たいへんなことに気がついた。
新しい「理想の部屋」に持っていきたいものが、ほとんどなかったのである。
家にあった家具は、一人暮らしを始めたときに間に合わせで買ったもの、持ち物が増えてそれを収納するためにとりあえず買ったもの、欲しいかとか好きかではなく、まず予算があって、それで買えるものを買っただけ、というもので家の中が埋め尽くされていた。
家具も、雑貨も、よく見たら服も靴もアクセサリーも、そんなものばかりだった。
「いつか、理想の部屋に住みたい」
そう思いながら、私は理想とはほど遠い妥協の産物で部屋を埋め尽くし、その状態で十年以上を過ごしていたのである。
大量のごみ袋を出し、粗大ごみの引き取りの予約をし、部屋からどんどんものが減っていくのを見ながら、私はぞっとした。
どれほどの年月、妥協の塊と暮らしてきたのか、と思った。
いつか住みたい「理想の部屋」は、とても遠いもののように感じていたけれど、それを遠いものにしていたのは自分自身で、理想に近づこうと思えば、本当はすぐにでも一歩ずつ進んで近づいていけるものだったんだなぁ、と、わずかに残った「本当に好きなもの」を見ながら思った。
人生にままならないことはいくらでもあるし、自分で選べないこともいくらでもある。
だからしょうがない、と思うこともできるけれど、引っ越しは「だったら選べるものくらい、もう少しきちんと選んでみたらどうか」と思う、大きなきっかけになった。
選べない大きなことが山ほどあっても、たかが家具や雑貨や服ぐらい、よく考えて選ぶのはそんなに難しいことじゃない。
新しい部屋に、ほんの少しの「本当に好きなもの」を運び込んで、私は初めて自分の部屋のことを「私のお城はここだ」と思った。足りないものだらけで、カーテンすらなかったけれど、どんなふうに住もうか考えると、そのやっと見つけた小さな部屋が、無限の可能性を秘めた素晴らしい場所に思えてきたのだった。
ライター。編集者を経てフリーのライターになり、女性としての自意識に向き合った自伝的エッセイ『女子をこじらせて』(ポット出版)を上梓、「こじらせ女子」が2013年度の新語・流行語大賞にノミネートされる。 著書に、対談集『だって、女子だもん!!』(ポット出版)、『ずっと独身でいるつもり?』(ベストセラーズ)、『女の子よ銃を取れ』(平凡社)など。