つい最近まで、女性がひとりで家をもつって
ごく少数派で、ちょっと変わってると思われていた。
マイホームをもつことは、家族の幸せと考えられていた。
いったい誰がそんなことを決めたんだろう。
女性が家をもつって、あんがいあたりまえじゃない?
そんな声が聞こえてきそうなほど、
今、ごくフツーの女子たちが、じぶんの家を買う時代になっています。
家というホームグラウンドを手に入れ、
これまで以上にパワフルに、イキイキと輝いてる「モチイエ女子」。
そんな新しい女性たちが増えれば、この国はもっともっと元気になるから。
なによりそんな未来が、素敵でおもしろそうに思うから。
私たちはこの「モチイエ女子project」を通し、
その生き方、あり!と宣言します。
モチイエ女子webにて、エッセイなど多数寄稿いただきました 雨宮まみさんがご逝去されました。心からお悔やみを申し上げます。 感謝と哀悼の意を込めまして、これまでの雨宮さんの作品、およびご出演いただいたコンテンツは、このまま掲載させていただきます。 どうか、ご愛読いただけますと幸いです。
雨宮まみの大人気連載、第2シーズンは
「女が、ひとりで暮らすこと」を考えます。
ひとり暮らしの人はもちろん、“ひとりの時間”を過ごす、
すべての女性にそっと寄り添う“暮らし”エッセイ。
「家買う前は、ブルーになったよぉ。そりゃあ、一生の買い物やし、お金はいっぱい出ていくし」
そう言ったのは、私の母である。両親は、私が家を出たあと、中古の一軒家を買った。私から見て、それはとてもいい家だったし、「我が両親ながら、買い物上手だな」と思っていたので、その言葉はちょっと意外だった。
「そげん気に入ったマンションがあったなら、お金がありさえすれば出してやりたいけどねぇ」。マンションの話をした私に、母はそう言った。
子供の頃は、何でも冷静に正しい判断をしているように見えた両親が、実は自分と何も変わらない、迷いも悩みもある一人の人間だと知る。成長過程で何度も感じることだが、「家を買おうかと考えている」という話をしたときに初めて聞けた言葉がいくつもあった。
お金は、出してくれると言われても、出してもらうわけにはいかない。一人で生きていけるように、誰かを頼ってすがって、迷惑をかけて生きる人生にならないように、両親は私を育てようとしていたのではなかったか、と、いろんなことを思い出した。
誰にも頼らず、迷惑をかけない生き方なんてない。けれど、だからこそ、守りたい一線というのがある。私にとってそれは、「人から大金を借りること」だ。お金で壊れる人間関係はたくさん見てきた。どんなに信頼し合っていても、信頼し合っているからこそ、こんなことで破綻の種を抱え込みたくない。
関西に移ることに関して、仕事の不安はなんとかクリアできるものだと思ったが、お金のことはどうにもならない。湧いて出て来るものじゃないし、もし借りるとしても、ただでさえ収入の安定しない仕事、そして拠点を変えることで今後どうなるかわからない仕事に、お金の問題という重い問題を背負いこむのは厳しいと思った。
潮が引くように、少しずつ「あのマンションを買いたい」という気持ちが引いていき、目の前に広がる波の去った濡れた砂浜を眺めているような穏やかな気持ちで、私はあの神戸のマンションを「諦める」ことができた。
傍目から見れば、結局、私の生活には何の変化もなかった。引越しもしなかったし、もっと安いマンションを神戸で探すこともしなかった。東京で手頃なマンションを探す、というのも、ちょっとは検索してみたが、今のところ真剣に取り組んではいない。
ぼんやりとだが、45歳までにできるだけ貯金しよう、と思った程度である。それも思うようにはできていない。これまでと本当に、何も変わらない。
でも、ただ一つだけ変わったことがある。それは、家を探すことに対して、嫌な気持ち、怖い気持ちが消えたことだ。
これまでの私にとって、家を探すということは、賃貸であれ買うものであれ、膨大な数のひどい物件の中から妥協できる物件を探す、という行為だったし、それは面倒で、喜びなんて全然ないことだった。やっと見つかった素敵な部屋は、だいたい予算を大きくオーバーしていたし、そんなものを見ても、叶わない夢ばかりを見せられているようで虚しくなるだけだった。
ひどくない物件はあるし、がんばれば手の届く値段の物件もある。軽く検索しただけで「これだ!」と思いつめるほどの物件に出会ったのだから、そんなことが今後もないとは限らないと思えた。
買う場合、どう予算を組めばいいのか説明を受けたことも大きな安心につながった。初期費用がこのくらいあって、固定資産税がこのくらいかかって、というのをスラスラ流れるように説明してもらっている間、私はこれまでとても難しい話だと思っていたことが、まるで何でもないことのように解き明かされてゆく気持ち良さを感じていた。
知ってしまえば、どうということのないことだった。税金や保険や、そうした「わけのわからないこと」だと思っていたものは、別に怯える必要などない、普通のことだった。知ればどうってことのないことだったのだ。「わけのわからないお金がたくさんかかるに違いない」と思い込んでいた、わけのわからない初期費用の内訳がきちんと知れたことで、「家を買う」ということがどういうことなのか、その最初に考えるべきことは何なのかを知ることができたと思う。
一人で住む家を買おうとしたときに、逆に強く感じたのが、人とのつながりだった。
関西に住む友人は「こっちにおいでよ」と言ってくれたし、私より先に家を探していた友達は、惜しみなく知恵を貸してくれた。両親も「えらいよか部屋やんね!」と驚きながら「これは買いたか気持ちもわかるねぇ」と言っていた。ニューヨークに移住した友人は「東京を離れることに不安はあったけど、自分の思う通りに行動して良かったと思うことばかりだから、移住はおすすめですよ」とメールをくれた。
ネガティブなことを言う人は、一人もいなかった。「ついに結婚を諦めるの?」なんて、一度も、冗談でも言われなかった。家を買うのは、私が望んでいるのなら喜ばしいことでしかないという空気に満ちていた。
私は、家を買うかどうかで悩んでいた激しいアップダウンの最中に、自分がどれだけ恵まれた環境にいて、自分のことを尊重し、助けてくれる友人たちに囲まれているか、ということを、いやというほど知ることになった。
住む場所のことも大切だが、こういう人間関係以上に大切なものはない、と思った。新しく家族を作る予定のない身には特に、友人の優しさ、的確な助言、踏み出すための勇気をくれる言葉が沁みた。
「あなたにはできるよ。家を買うことも、別の土地に住むことも、あなたには不可能なことではないよ」
家を買おうか迷ったとき、私は思いがけず、そんな言葉をたくさんかけてもらい、それまでになかった自信を得ることができたのだった。
ライター。編集者を経てフリーのライターになり、女性としての自意識に向き合った自伝的エッセイ『女子をこじらせて』(ポット出版)を上梓、「こじらせ女子」が2013年度の新語・流行語大賞にノミネートされる。 著書に、対談集『だって、女子だもん!!』(ポット出版)、『ずっと独身でいるつもり?』(ベストセラーズ)、『女の子よ銃を取れ』(平凡社)など。