![モチイエ女子 住にまつわる楽しいコンテンツ](../../common/images/nav_top_head_1.png)
つい最近まで、女性がひとりで家をもつって
ごく少数派で、ちょっと変わってると思われていた。
マイホームをもつことは、家族の幸せと考えられていた。
いったい誰がそんなことを決めたんだろう。
女性が家をもつって、あんがいあたりまえじゃない?
そんな声が聞こえてきそうなほど、
今、ごくフツーの女子たちが、じぶんの家を買う時代になっています。
家というホームグラウンドを手に入れ、
これまで以上にパワフルに、イキイキと輝いてる「モチイエ女子」。
そんな新しい女性たちが増えれば、この国はもっともっと元気になるから。
なによりそんな未来が、素敵でおもしろそうに思うから。
私たちはこの「モチイエ女子project」を通し、
その生き方、あり!と宣言します。
モチイエ女子webにて、エッセイなど多数寄稿いただきました 雨宮まみさんがご逝去されました。心からお悔やみを申し上げます。 感謝と哀悼の意を込めまして、これまでの雨宮さんの作品、およびご出演いただいたコンテンツは、このまま掲載させていただきます。 どうか、ご愛読いただけますと幸いです。
雨宮まみの大人気連載、第2シーズンは
「女が、ひとりで暮らすこと」を考えます。
ひとり暮らしの人はもちろん、“ひとりの時間”を過ごす、
すべての女性にそっと寄り添う“暮らし”エッセイ。
その瞬間は、突然やってきた。
今年の春、私は神戸に一週間ほど滞在していた。ちょうど、単行本の作業が終わった頃で、身も心も出がらしのようになっていて、「どこでもいいから遠くへ行きたい、休みたい」と思った。その行き先に選んだのが、神戸だった。
海があって、高台があって、東京からは少し離れていて、大阪や京都よりは、外から来る人間に対してフラットな印象があって、気楽そうだった。
ホテルに一週間の予約を入れたとき、私は「一週間、部屋から出ずに海を見てるだけでもいい」と思っていた。そのくらい疲れていた。ゴロゴロして過ごしても退屈しないように、トランクには本を7冊も詰め込んだ。
しかし、いざもうすぐ休み! となると、急に欲が出てきた。
せっかく神戸に行くんだから、神戸や京都、大阪の友達にも会いたいし、好きなお店にも寄りたい。いつでも気軽に行けるわけじゃないから、せっかくだから……。そうして増やした予定はけっこうパンパンになり、私はほぼ毎日、神戸から京都や大阪を行ったり来たりすることになった。
ホテルは朝食つきにしていなかったから、早めに出て近くのカフェで少し甘いものを食べたり、中華街で有名な小籠包を買ってみたりして、電車に乗って人に会いに行ったり、美術館に行ったり、劇場に行ったりして、夜にホテルのある駅に帰ってくる。遅い時間にも、やっているお店があって、おいしそうなお店のにぎわいが聞こえてくる。私は夜もコーヒーが欲しくて、どこか開いているところはないかな?と商店街の近くの道を毎日ルートを変えて歩いてみたりした。想像以上にたくさんの喫茶店があり、閉まっていても、なんだかいい感じの店構えの、行ってみたくなる店が多かった。歩いて帰る道もそれほど寂しくはなく、その時間も楽しかった。帰りの道沿いにあるコーヒースタンドのコーヒーが絶品で、開いていれば必ず寄った。
旅に出るまではあんなに疲れていたのに、神戸に着いた瞬間、東京では絶対にやらないようなハードスケジュールを貪欲にこなして遊んでは仕事している自分が信じられなかった。
ここから帰りたくない、と半ば本気で思った。景色も好きだし街も好きだ。でもきっと、これは旅先の感傷なんだろうな、という気持ちが半分、ウイークリーマンションでも借りて、一ヶ月か二ヶ月滞在してみることはできないかな? と思う気持ちが半分だった。
東京以外の場所に好感を持つことはたくさんあるが、こんなに「もっと長くいたい」と思ったことはなく、自分でもその気持ちに戸惑った。
特に大好きなものが神戸にいくつもあった、というわけではない。街の空気は好みだったけれど、それだって「よそもの」として見るときと、「住人」として見るときでは違うに決まっている。でも、だとしたら、「住み心地の良い街」なんて、見分けようがないではないか。結局、住んでみなければわからないのだから。
そんなものより、直感のほうがずっとあてになると思った。決断に必要なものは、人によっては正確な情報だろうし知識だろう。でも私にとっては直感だった。好きだとか、これなら選んでも後悔しないという直感。それがないと、住む場所は選べない。どんなに条件が良くても、なんだか感じの悪い物件や場所はあるし、その「なんだか感じが悪い」は説明できないものなのだ。自分との相性ということなのかもしれない。
「この街なら住める」と私は一週間の滞在で思い始めていた。
その気持ちは、東京に戻ってからも冷めなかった。自分の部屋に帰ると、魔法が切れたような感覚に陥って、あの、自分を別人のようにしてくれた、あふれるような意欲をもたらしてくれた神戸に戻りたい、と思った。
最初はウイークリーマンションを検索していたのだが、ふと出来心で中古マンションを検索してみた。
すると、外観、内装ともに文句のつけどころのない物件が出てきた。私の気に入ったあの駅から徒歩5分、築浅できれいだし、床暖房つき。広さも理想的で、写真を見る限り、光の入り具合も申し分ない。
何より気に入ったのは、お風呂場だった。壁面に深いブルーのタイルが貼られている。こんなバスルームはこれまで見たことがなかった。このお風呂に毎日入れるなんて、夢のようだと思った。
売値は2500万。写真を見たその日から、その物件のことが頭から離れなくなった。他の物件も検索してみたが、これ以上に好きだと思える物件はなかった。
通帳を何度も見て、ついに友達に相談した。
「マンション買うとしたら、初期費用どのくらいかかるのか、ローン組むとしたらどうなるのか教えてくれる不動産屋さん、紹介して!」友達はすぐに信頼できる不動産屋さんに連絡を取ってくれ、私もすぐに会いに行った。ノートを持っていき、頭金のほかにどのような費用が必要か、選ぶとしたら見逃せない基準は何か、親切に教えてくれるその人の言葉を必死でメモした。
どうやら私の身分では、現在用意できる頭金では残金のローンを組むことは難しく、フリーの身では「現金で一括払い」がもっともトクで、安心な買い方である、ということがわかった。
それは、そうだろうけど……。という話である。現金一括払いで買えるなら、フリーでなくても誰だってそうしたいだろう。
プロの目から見ても、その物件は妥当な値段だし、私の望む条件からすると、いい物件と言えるのではないか、という保証も得てしまい、私はさらに悩むことになった。
親にお金を借りるか……。いや、この年齢になって親にお金を借りるなんてさすがにそれは……。そんなことが頭をグルグルしたし、もう少し貯金ができれば買えるかもしれないが、それはいったいいつなのだろう? そのときにこの物件が残っているとは思えない、と焦ったりもした。
何より私を不安にさせたのは、仕事の拠点が東京でなくなることだった。今、取材などの仕事で「東京にいなければ」できない仕事が月に4回程度ある。日程をくっつけられるものもあるが、それでも最低月に2回は東京に行かなくてはならない。今だって、毎月のように関西に行けるなら行きたいのだが「新幹線代が高い」という理由で諦めているのに、そんな出費をしながら生活していけるだろうか。
それに、出版社の大半は東京にある。ウェブサイトの仕事も多いが、それらの会社も多くは東京にある。打ち合わせや顔合わせをせずに進む仕事も今は多いが、それでもデメリットがまったくないとは言いにくい。
「理想のマンションが見つかったかも」という喜びと、お金のこと、仕事のこと、これからの生活のことに対する不安の間で、激しく揺れに揺れる状態が、一ヶ月ほどは続いた。
「みんな、こんなことを普通にしてるの!?」と、家を買った友人知人を問いただして回りたい気持ちにさえ、なった。
(次回に続く)
ライター。編集者を経てフリーのライターになり、女性としての自意識に向き合った自伝的エッセイ『女子をこじらせて』(ポット出版)を上梓、「こじらせ女子」が2013年度の新語・流行語大賞にノミネートされる。 著書に、対談集『だって、女子だもん!!』(ポット出版)、『ずっと独身でいるつもり?』(ベストセラーズ)、『女の子よ銃を取れ』(平凡社)など。
プロフィール写真=松沢寫眞事務所 / イラスト=網中いづる