![モチイエ女子 住にまつわる楽しいコンテンツ](../../common/images/nav_top_head_1.png)
つい最近まで、女性がひとりで家をもつって
ごく少数派で、ちょっと変わってると思われていた。
マイホームをもつことは、家族の幸せと考えられていた。
いったい誰がそんなことを決めたんだろう。
女性が家をもつって、あんがいあたりまえじゃない?
そんな声が聞こえてきそうなほど、
今、ごくフツーの女子たちが、じぶんの家を買う時代になっています。
家というホームグラウンドを手に入れ、
これまで以上にパワフルに、イキイキと輝いてる「モチイエ女子」。
そんな新しい女性たちが増えれば、この国はもっともっと元気になるから。
なによりそんな未来が、素敵でおもしろそうに思うから。
私たちはこの「モチイエ女子project」を通し、
その生き方、あり!と宣言します。
モチイエ女子webにて、エッセイなど多数寄稿いただきました 雨宮まみさんがご逝去されました。心からお悔やみを申し上げます。 感謝と哀悼の意を込めまして、これまでの雨宮さんの作品、およびご出演いただいたコンテンツは、このまま掲載させていただきます。 どうか、ご愛読いただけますと幸いです。
子供の頃、母は鏡台を持っていた。
私たち姉弟が成長するにつれ、私たちのものもスペースも増え、いつのまにか処分してしまったが、それでも高さ50センチぐらいの、小さなドレッサーを持っていた。
ライティングビューローに似た作りで、蓋のように斜めになっている部分が上に開き、そこに鏡がついている。下には小さな引き出しもある。そこの前に座って、母はお化粧をしていた。
自分も、大人になったらドレッサーを持つものだ、となんとなく思っていたし、学生時代にアンティークショップで猫足のドレッサーを見たり、インテリアショップですべてが鏡でできていて、細かく模様が彫ってあるドレッサーを見たりすると、「いつかは」と思っていた。
現実が見えてきたのは、一人暮らしを始めてからだった。私の一人暮らしの憧れの二大家具はソファとドレッサーなのだが、置く場所はいつも、ない。他のものをなんとかすればいいのだろうが、いま持っている家具も気に入っているし、愛着があって手放せない。
そうして手に入れられないでいると、ドレッサーへの夢はふくらむばかりだ。何より、ただお化粧をするためだけの場所がある、というのが素敵なことに思える。ドレッサーの前に座れば、集中して自分の顔を見つめ、お肌の手入れをしたり、お化粧をしたりするわけで、朝にバタバタ走りまわりながら出かける支度をしている自分よりも、ドレッサーの前に座ってお化粧している人のほうが優雅でエレガントに違いない、と思ってしまうし、5年後10年後はドレッサーの前に座る時間を持っている人のほうがずっと美しくなっているのでは……とすら思ってしまう。
学生時代は、姿見の前に小さなトランクを置いて、その中にメイク道具やドライヤーをしまっていた。クッションに座って、そこでお化粧をするのだけど、低い位置だと光が入りにくくて厚化粧気味になることが多く、結局手鏡を持って窓辺に移動してファンデーションをつけたり、バタバタすることになっていた。
その後も私の「仮設ドレッサー」事情にはそれほど進歩がなく、姿見が大きくなって、足つきのカゴに基礎化粧品、モロッコの螺鈿のような謎の箱にアイシャドウやチークなどの色ものの化粧品を入れて、気に入っているガラスのタンブラーにブラシなどを立てて窓辺に置いて、結局、姿見の前でお化粧をしている。スツールに座ってドライヤーをかけ、あとはだいたい立ったまま。「そういえば今日はバッグに名刺入れを入れとかないと!」と途中で思い出してはバッグのところに走り、「やっぱりあっちのピアスのほうがいいかも」と思っては、アクセサリーをしまっている棚に走ったり、落ち着かないことこの上ない。
光は入るので、そこだけは以前よりましになったけれど、落ちついて優雅にお化粧をする時間とは、いまだに無縁である。
たまに、良いホテルの化粧室などに、三面鏡つきのメイク直しスペースが設けられていることがある。座って見てみると、ちょっとおののく。当たり前だが、人の顔は左右でぜんぜん違う。美意識の高い人なら、鏡を二枚使って横顔や後ろ姿をチェックするのが日常だったりするのかもしれないが、私にとっては、普段見ない角度の自分の顔が、三面鏡では見える。正面だけ見てお化粧をして、正面だけ見て全体を確認して出かけているから、不意に見る横顔はひどく無防備に感じる。
でも、それは、他人が普通に見ている自分の顔なのだ。少し不安なような、でも自分でさえ知らない自分を受け入れてもらっているのが嬉しいような、変な感覚になる。
あれが面白いから、三面鏡が欲しいな、とはよく思う。横顔がどうなっているか、いつでも見れるなんて楽しそうだ。
海外の洗面台についている、じゃばら付きの鏡も面白い。こんな角度で顔が見れるのか! と思う。洗面台が実質ドレッサーになっている人も多いと思うが、あれをつけてみたいと思う人もそこそこいるのではないだろうか。
角度が変えられるから、光の具合がいいところでディテールをチェックしたりもできるし、実用の面でも良さそうな気がする。眉を整えたいとか、細かい部分をアップで見てお手入れをしたいときに、両手が使えるのもいい。
憧れのドレッサーも、じゃばらの鏡つきの洗面台も手に入っていないけれど、私は今の環境に、実はそんなに不満はない。長年探して手に入れた箱にメイク道具を入れ、10年前に見つけてまだ使っている飽きないタンブラーからブラシを取り出し、理想的なカゴの中には、取り出しやすい状態で化粧品がおさまっていて、お化粧をする時間は、バタバタしててもそれなりに楽しい。
いつかドレッサーを持つ日のために、もう少し落ち着いて優雅にお化粧できるようにしておきたいけれど……。
ライター。編集者を経てフリーのライターになり、女性としての自意識に向き合った自伝的エッセイ『女子をこじらせて』(ポット出版)を上梓、「こじらせ女子」が2013年度の新語・流行語大賞にノミネートされる。 著書に、対談集『だって、女子だもん!!』(ポット出版)、『ずっと独身でいるつもり?』(ベストセラーズ)、『女の子よ銃を取れ』(平凡社)など。
プロフィール写真=松沢寫眞事務所 / イラスト=網中いづる